堀江 健一
ホリエ ケンイチグループ
怒り1 理不尽にされた人が理不尽な怒りを生む連鎖
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2016年公開 日本映画 「怒り」
11月中旬に第41回報知映画賞、最多9部門ものノミネートに挙げられたことも記憶に新しい、今年話題の映画の一つです。
ざっとわかりやすくあらすじを書いてみます。
なるべくネタばれにならないように。
とある住宅街で夫婦二人の惨殺死体が発見されます。
すぐに容疑者が断定されます。
容疑者の家に警察が乗り込むと、部屋中には世の中や周囲の人たちに対する怒りをぶちまけたような殴り書きが書かれた張り紙が何枚も張られ、容疑者の尋常ではない精神状態が想像できます。
全国に氏名手配されますが、どうやら顔を整形して、どこかへ逃亡したことがわかります。
その整形したと思われる似顔絵がテレビで公開されます。
その似顔絵の青年男性に似た3人の男性と、「えっ!まさかあいつが殺人犯?」と疑ってしまったその周辺の人たちの群像劇がストーリーです。
ポスターを見ていただければすぐにわかりますが、コメディではありません。
ざっとあらすじを書くとコメディにもなりそうなお話ですが、むしろかなりシリアスなお話です。
その3人の男性を演じるのは綾野剛さん、松山ケンイチさん、山本未来さんです。
あんまり思ったことはなかったのですが、映画の中では3人の誰もがその似顔絵に似ているように見えてきます。
いずれも設定的に、事件後にフラッとそれぞれが今いる場所(沖縄・千葉・東京)に現れ、関わる事になった周りの人たちも、彼らにどんな過去があるかわからないながらも親しくなり、中には愛が芽生えたりして、深い人間関係で結ばれていきます。
そんな中、その似顔絵が公開され、疑心暗鬼に捕らわれた人たちは、せっかく出来た絆にヒビが入って行く事になります。
この3人の中に犯人がいるのか?誰が犯人なのか?
疑われた人の中には、せっかく愛が芽生えた人たちもいるのに、疑いが晴れて再び幸せになることが出来るのだろうか?
そんな所を見所として私は鑑賞しました。
ちょっとした劇中のエピソードが、それぞれが疑わしくなっていくように描かれ、サスペンスとしてもドキドキしながら見れますし、とても人間をじっくり丁寧に描いていますので、人間ドラマとしての見ごたえも充分のように思います。
鑑賞後は単純な感想を書けるような単純な話ではなく、観る人によって感慨が違って来ると思われるような深いエピソードが描かれています。
誰が見ても、少なくとも登場する3人の誰かには心を揺さぶられるような思いを抱くのではないでしょうか?
私は3人それぞれのエピソード共に感動しました。
さてレビューを読んでみると、感動したけれど、「怒り」という題名は何で怒りなの?と言う感想も多かったようです。
劇中では確かにそんなに「怒り」と言う題名が付くほど怒りの感情が主題として出てくるわけではないように感じたので、私も「確かに、、、」と思いました。
しかし、鑑賞後、思い返して考えてみると、確かにこの映画に描かれる夫婦殺害事件や、その他のエピソードで描かれている出来事の裏には、人が理不尽に思い、怒りを感じても不思議ではない出来事や世の中の風潮がちりばめられていた様に思います。
人は、人それぞれ怒りを感じる事が違うものです。
ある人にはちょっと不愉快だけれど、まぁ流せるような事も、ある人にとっては許せない!
と相手を殺してやりたくなってしまうほどの怒りを感じることもあるものです。
この事件の犯人の回想という演出で、事件が起きたきっかけのシーンが出てきます。
犯人と思しき青年が、真夏の炎天下の住宅街を汗びっしょりで歩いています。
おもむろに携帯電話を取り出し、どこかに電話します。
彼はどうやら肉体労働者で、会社から前の日に「どこどこ町の現場に行って」と指示を受けていたようですが、その現場がいつまで探しても見つからないのです。
そこで会社に電話すると
「あぁその住所、もう終わった現場のだわ。今日はもういいから(帰って)」
と、まったく労いも謝罪もなく電話を切られてしまいます。
どうやら彼は、今までもずっとそんな風に誰からも一人の人間として労わられたことがなかったようです。
ガックリと来た彼は、そのままとある住宅の玄関の前でへたり込みます。
そこへちょうど帰ってきたその家の主婦が心配そうに見守ります。ちょっと不信にも思ったことでしょう。
知らない男が玄関の前で座り込んでいたら。
しかしその奥さんは優しくて、彼に冷たい麦茶をあげるのです。
普通はそんな親切を受けたら嬉しいものですが、彼は人に親切にしてもらったことが無かったのか、それとも心が病んでしまっていたのか、その親切に対し
「哀れむような顔で人を見下しやがって。同情するな!ふざけるんじゃねぇ!」
みたいな心境になって、その奥さんを家の中で刺し殺してしまったのです。
(刺し殺すシーンは出てきません)
警察では当所、強盗に入って部屋を物色中に奥さんが帰ってきて、犠牲になり、その後、旦那さんが帰ってくるまで暑い浴室の中で待ち伏せして、旦那さんが帰ってきたところをまた襲ったのだろうと推理していました。
ようするに異常に執念深い性格の犯人だろうと思っていたのです。
ところが実際は、奥さんを刺してしまったところで正気に戻り、どうにか奥さんを助けようとしてずっと心臓マッサージか人工呼吸を続けているうちに旦那さんが帰ってきてしまい、もみ合いになるような形で旦那さんも刺してしまったのでした。
まぁ理屈だけで考えれば、さっさと救急車を呼べば良いだろうと思いますが、犯人も冷静な状態ではなかったのでしょう。
最初、親切に麦茶を出してもらったことが殺人にまで至るきっかけになったと言うことが、
「はぁ?何それ?なんか説得力ないわぁ」
と不満に思いました。
だってあまりにも理不尽な殺害動機に感じられたからです。
しかし、後から考えてみると、説得力(つまりそんな出来事があったら殺意を抱く事もあるかもしれないなぁと観客に思わせる理由)だけから言ったら、もっと違う、わかりやすくもっともらしい動機はいくらでも考えられたはずです。
きっとこのお話の原作者や監督は、誰が見てもちょっと共感出来ないような、理不尽な理由を、あえて事件が起きるきっかけにしたかったのではないでしょうか?
現実の世界では、誰も納得出来たり、共感できないような理不尽な出来事で溢れています。
無差別テロや。
東京オリンピックの予算がなぜかどんどん膨大に膨らんでしまったり。
誰が考えても普通は安全安心を考えて作るであろう食を扱う築地市場の建設が、なんだか訳がわからない事になってしまっていたり。
いじめが原因で、学校も対応してくれないまま自死してしまう子供がいたり。
この映画の犯人が怒りを覚えるような格差社会やブラック企業的なもののために、人が人として尊厳を持って扱われない様な社会になって来てしまっていたり。
とても道理からすれば普通には理解できないような理不尽な出来事ばかりなのが現実です。
この映画は、観る人に親切にわかりやすく納得して楽しんでもらえるように作られた予定調和的な映画ではなく、理不尽に溢れ、誰もが怒りを覚える感覚をリアルに描いた映画なのではないでしょうか?と思いました。
映画の中では、ちらっとですが沖縄の米軍基地や、米兵の婦女暴行事件なんかも絡んできます。
リアルを描いたからといって、理不尽で不幸なお話ばかりでは救われない映画になってしまいそうです。
そこが余計にハラハラします。
幸せになって欲しい子の人達、もしかして全員不幸な結末になるの?
救いのある結末も描かれているのかどうかは、実際にご覧になって確かめてみて下さい。
カウンセリングに来られるクライアントさんの中にも、そんな理不尽な経験から来る怒りを抱えておられる方が多くおられます。
それが例え
なかなか恋人が出来ない
出来ても、相手に問題がある様な人ばかり選んでしまって、上手くいかない
と言う様な恋愛関係の悩みを持たれている方に於いても、何らかの怒りを抱えておられます。
なんの怒りも無いと言う方もなかなかおられないでしょうが。
恋愛が上手くいかないから怒りを覚えるのではなく
根底に怒りの感情が強くて、その影響で親密な恋愛関係になれない
と言う様なケースが多いように感じます。
多くの方が
「自分の恋愛が上手くいかない根本的の原因の一つが、自分がとても怒りを抱えている事が影響しているからだ」
と自覚している様な方ははっきり言って1人もおられません。
しかし、怒りがかなり根本的な原因の一つである事が多いようです。
ですからカウンセリングの最初では、怒りの感情に関する話は出てきません。
しかし、カウンセリングが深まるにつれ、そうした怒りの感情についての話が出てきます。
今まで感情を抑えた様に淡々と悩みなどを話していたクライアントさんが、話題が自分の怒りを覚えた出来ごとについて訴える時、その人は非常に感情的になるのですが、それが生々しい、生き生きとした感情として表現されます。
変な言い方ですが、その瞬間、とても人間らしいのです。
次回の「怒り」のブログでは、そうしたクライアントさんが抱える怒りの感情についてまた書いてみたいと思います。