住宅断熱基礎講座/01-4:森の家(1) - 住宅設計・構造設計 - 専門家プロファイル

野平 史彦
株式会社野平都市建築研究所 代表取締役
千葉県
建築家

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対象:住宅設計・構造

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住宅断熱基礎講座/01-4:森の家(1)

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住宅断熱基礎講座 01.日本の住宅、その過ちの歴史
■森林の家(1)

 日本にも閉鎖的な造りをした建物があります。古くは奈良時代の「校倉造り」があり、奈良には正倉院をはじめ東大寺や唐招提寺などにいくつかの校倉造りの建物が当時のままの姿で残っています。これはお寺の宝物を納める倉庫で、人が日常の生活を営む場所ではありません。校倉とは三角に加工した木材(これを校木といいます)を横にして重ねて組んでゆくことで壁をつくる形式で、一般に「湿気の多い夏には積み重ねた校木が湿気を吸って膨らんで隙間を塞ぎ、建物の内部に湿気が入らないようにする。逆に、空気が乾燥する冬場は、校木が乾いて縮むので校木の間に隙間ができて乾燥した外気を取り入れて収蔵物を守った。」という風に考えられていますが、校木は元々隙間が空くような構造ではなく、実際に冬場に隙間が空くようなことはないそうです。そうするとこの校倉造りは木を組積造のように積み上げることで気密性のある「壁」を造る、というひとつの技術であったと考えられます。

 この時代はまだ鋸(のこぎり)のような道具はなく、板材を作るにも丸太をある程度の大きさに割ってから「槍かんな」と言って長い柄の付いた鎌のような道具で少しづつ削って木材を加工していたので、木だけで壁を造るというのは以外と大変なことだったのです。

 その後思い当たる閉鎖的な建物としては「土蔵」があり、これは分厚い土壁の中にしっかり閉じることのできる分厚い小さな窓が付いている極めて閉鎖的な建物です。しかし、これも貴重な財産を火災から守る、という防火上の目的で造られた大きな金庫のようなものでした。

 このように日本にも閉鎖的な建物が存在しましたが、それらは住居として用いられることはなく、住居はもっぱら木造の柱梁造による開放的なものでした。

 では何故、日本の家は木を用いた柱梁造なのでしょうか。それは、日本が森林資源に恵まれていたからだ、とまた単純には言えないものがあります。日本は高温多湿で、特に大平洋側で言えば、夏暑く湿度が高く、冬に乾燥する気候です。もし、日本の夏が西欧のように高温でも湿度が低かったら、どんなに森林資源に恵まれていたとしても木造の住宅を造らなかったかもしれません。

 勿論、校倉造りのように木材を組積造のように積み上げて閉鎖的な壁を造ったのかも知れませんし、土蔵のように土や漆喰で厚い壁を持った家を造ったのかも知れません。そして、西欧のようにレンガを焼くための燃料として木は使われていたのかもしれません。暑さを凌ぐためなら、日本でもレンガを焼いて組積造の家を造ることだってできたはずです。しかし、それをしなかったのはやはり「湿気」にその大きな理由があると考えることができます。


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